2015年12月9日水曜日

控訴審逆転の可能性はゼロ

控訴審を2回傍聴してみて、もはや検察側が逆転する可能性は皆無と思ったので、今のうちに書いておきます。

まず、証拠構造を確認しておくと、有罪方向の証拠は一審無罪判決の認定の通り、Nの供述のみです。

控訴審で検察が出してきた証拠は、「Nの供述は捜査機関に誘導されたり、迎合してなされたものではない」ことを立証するためのものです。

しかし、それが立証できたからといって、Nの供述の内容が正しい、現金授受が確実にあったことの証明にはなりません。

なぜなら、被告人本人と同席者Tの否認供述を覆す証拠は一切出していないからです。

いくらNの供述経過に関する証拠を重ねても、所詮、補助事実なので、一足飛びに現金授受があったという犯罪事実を認定することはできません。

ここで、証拠法の知識を確認しておくと、犯罪事実の認定には適式な厳格な証明を経た証拠能力のある実質証拠による認定が必要となります。実質証拠には、主要事実を直接証明する直接証拠と間接的に推定する間接証拠があります。

直接証拠の例は、殺人罪なら「AがBをナイフで刺したのを見た」という殺害現場の目撃供述など。
間接証拠の例は、「叫び声が聞こえた後、草むらから血まみれの男Aが出てきた」という目撃供述や被害者Bの衣服からAのDNAが検出されたなどです。

これに対して、直接証拠や間接証拠の信用性を判断するための証拠が補助証拠です。

典型例は、自己矛盾供述など刑事訴訟法328条で「供述証拠の証明力を争う証拠」で弾劾証拠と呼ばれるものです。もちろん、目撃状況や鑑定結果の齟齬を指摘するものも含まれます。

反対に、減殺された証明力を回復させる補助証拠は回復証拠と呼ばれます。「供述には誘導された疑いがある」と攻撃されたのに対して、「誘導はなかった」と反論するのがこれにあたります。これに対して、同一趣旨の証明力の強い証拠で元の証拠の証明力を増強する増強証拠は結局、実質証拠と同じになるので認められません。

証明力を争う場面の典型は、反対尋問です。刑事訴訟規則に規定があります。
刑事訴訟規則199条の4・1項
反対尋問は、主尋問に現れた事項及びこれに関連する事項並びに証人の供述の証明力を争うために必要な事項について行う。
反対尋問では、誘導尋問をすることができます。
刑事訴訟規則199条の4・3項
反対尋問においては、必要があるときは、誘導尋問をすることができる。
誘導尋問とは、「はい」「いいえ」で答えることができる質問(クローズド・クエスチョン)で、証人に答えを暗示させるような質問方法です。証言と反する客観的な証拠を突きつけて、相手方の証言の信用性を動揺させるのが目的です。

逆に、主尋問では、証人の身分、経歴などの確認を除いて、誘導尋問は原則として禁止されます。
刑事訴訟規則199の3・3項
主尋問においては、誘導尋問をしてはならない。ただし、次の場合には、誘導尋問をすることができる。
1 証人の身分、経歴、交友関係等で、実質的な尋問に入るに先だって明らかにする必要のある準備的な事項に関するとき。
2〜7号 (略)
主尋問は、5W1Hについて尋ねる質問方法です(オープン・クエスチョン)。

いきなり、
「この公園で犯人を見たのですね?」
と聞くのではなく、
「公園で何を見ましたか」
「男を2人見ました」
「どんな男でしたか」
「1人は大柄で茶色のコート。もう1人は青色のウィンドブレーカーを着ていました。」
「どんな様子でしたか」
「言い争いをしていて、大柄の男が掴みかかると、青い服の男が懐からナイフを取り出して、相手の腹に突き刺しました。」
というように、証人の記憶に頼りながら話を展開していくのが主尋問です。主尋問で広げられた話を、矛盾点をついて信用性を攻撃するのが反対尋問です。相手側が立証責任を負う事項については、真偽不明に追い込めば、相手方の立証は失敗するので、反対尋問は成功です。

主尋問で「Aです」と答えたのに対して、「BまたはCの可能性もあるのではないか」と問いかけ、「わからない」と答えればいちおう反対尋問は成功です。必ずしも「よく考えたらBだった」と確定しなくても、Aという事実の証明は失敗するので、いいことになります。もっとも、中途半端に突っ込んで藪蛇になることは避けなければなりません。証人に「BやCの可能性は全くない。なぜなら〜」と詳しく根拠まで述べられてしまうと、Aという事実が確定して相手の立証を助けてしまうことになります。

別に有斐閣の回し者ではないですが、以上の証拠法の用語の解説は、法学教室ライブラリの三井誠『刑事手続法3』が丁寧で分かりやすかったです。第一章の「証拠能力と証明力」のあたりをコピーして手控えておけば用語の理解に役立つと思います。ちょっと古いので本屋にない可能性が高いですが、県立図書館には置いてあると思います。光藤景皎『刑事訴訟法2』成文堂(『口述刑事訴訟法 中』の改訂版)も、伝聞法則について詳しく解説した本です。

本題に戻ると、この裁判の控訴審で仮に検察が「取り調べは適正だった。Nの供述には誘導は一切なかった」ことを立証できても、逆転できる可能性はゼロと判断した理由を書きたいと思います。

この裁判で争われているのは現金授受したというNの供述内容ですが、あくまで争点となっているのは、「4月2日と4月25日の小一時間」、「同席者Tが席を外した時」に、「現金を手渡した」ことの真否です。ほかの日時やNの供述とは別の方法で現金が渡ったという認定はできません。Nの知人のH・Tの「渡すもん渡した」という証言は、「いつ」「誰に」「何を」「どんな方法で」渡したかが明らかでないので、有罪認定の根拠にできません。一審の名古屋地検はNの供述と符合していると主張しましたが、あくまでNの供述の補助証拠として出しているので、別の日に別の方法で渡ったはずだということは言えませんし、信用性を補強することもできていません。一審判決は、狭義の「関連性なし」として斥けています。

むしろ、浄水器の設置工事に銀行の担当者も見に来ていたことを考慮すると、「渡すもん渡した」というのは、担当者の接待のことと解釈も可能です。どのみち、口頭なので言ったかどうかも分かりませんが。

「Nの供述に誘導はなかった」との立証に奏功しても、それでやっと同席者Tの「私は見ていないし、席を外してもいない。」という証言と同じ検討の土俵に上がるだけです。

名古屋地検は、口座の出入金記録を客観的な証拠と符合していると論告で述べましたが、そもそも賄賂の資金を律儀に銀行預金する人はいないだろうし、20万円程度ならいちいち引き出さなくても手元に持ってることは社会人ならよくあることだと思います。ちなみに、今これを書いている自分の財布の中の札束を確認したら、17枚入っていました(一万円札も千円札も紙の厚さは変わらないでしょう)。

不可解なのが、Nが銀行口座から頻繁に出入金していたことですが、筆者の推測では2つの意味があると思います。
1つ目は、差し押さえなどのリスク回避。
2つ目は、あえて複数の会社間で現金をやりとりすることで、ダミー会社を「生きた会社」に見せる下準備の意味があったと思います。経済的には無意味ですが、頻繁な現金の移動がある通帳を見せて、もっともらしい理屈をつけて銀行の担当者を信用させていたと思われます。似たような手口は、イトマン事件の被告人も使っていました。

検察は、Nの会社は「資金繰りに窮していた」と紋切り型に決めつけていますが、Nの主観では特に困っていたわけではないと思います。10月2日の第一審第3回公判で関口真美検事が水源の事業の見込みについて再質問したとき、「まんざら嘘でもなかった」とNは答えています。関口検事はスルーしてそのまま質問を続けていますが、これがNの本音ではないでしょうか。あくまで4億円の詐欺が本命で、浄水事業は複数あるダミー会社の副業感覚でやっていたのではないでしょうか。

公判でのNの印象でも、政治には興味ない感じだったので、どこから贈収賄という話が出てくるのか不自然に思いました。

弁護団も一審の最終弁論で「第3 中林の贈賄供述の内容自体の不合理性」という項目で不合理な点を詳述しています。特に、4月2日ガストに持って行った資料が検察の論告とは客観的に異なっていることを指摘して、「資料は口実で現金を渡すためだった」という主張は成り立たないと反論しています。(美濃加茂市長事件結審、揺るがぬ潔白への確信「第3 中林の贈賄供述の内容自体の不合理性」のPDFの4〜6頁)

浄水器の設置についても特に職務権限を乱用したという話でもないので「汚職」という表現は不適切と思い、争点になっている現金授受の「収賄」という言葉で表記したいと思います。

控訴審の印象でいうと、中村警部補の証人尋問の態度では、とても取り調べの疑問を解消するものではなかったので、これ以上掘り下げても、捜査機関への疑念を深めるものにしかならないと思います。

控訴審での検察の異議も、「何月何日付の調書でしょうか」という程度で、名古屋高検の担当検事もあまり逆転できるつもりは持っていない印象を受けました。

大阪地検特捜部が自分で呼んだ証人を偽証罪で起訴して、証言を覆させた事件もあるので(冤罪デパート大阪地検が、次の標的にした羽賀研二 )、全くないわけではないですが、この状況では逆転の可能性はないと確信しています。

これ以上、無駄な引き延ばし工作に引きずられることなく、早期に無罪判決が確定することを希望します。