2017年2月23日木曜日

美濃加茂市長冤罪事件の見方(1)

贈賄側の供述の信用性という同じ争点で控訴審は逆転有罪にしましたが、最初から事実関係を追いかけていない人でも分かりやすいよう、あらためて事実関係を丁寧に記述したいと思います。

1 おおまかな事件の構図 #
2 具体的場面からみた検討 #(N視点)
 2.1 基本的な事実関係 #
 2.2 筆者の私見 #
 2.2 一審無罪判決の結論 #
 2.4 波及効果 #
3 供述経過の検討
4 証拠の強弱からみた捜査のずさんさと強引さ

長くてわかりにくいので、最初に「1 おおまかな事件の構図#」と「2 具体的場面からみた検討(N視点)#」を書きます。「3 供述経過の検討」「4 証拠の強弱からみた捜査のずさんさと強引さ」は別記事に分けます。1から4につれて、結果原因の方にさかのぼっていきます。もちろん筆者の捉えた事件の見方なので、仮説も含まれますし、別の見方も可能です。

1 おおまかな事件の構図


この事件で現金授受を直接証明する唯一の証拠は、現金30万円を渡したというNの供述しかありません。ここで現金授受を否定する他の供述を除外して、Nの供述だけをもとにして考えても、賄賂を渡す動機・必然性がないということを論証したいと思います。

Nが美濃加茂市に近づいた最終的な目的は、水源の浄水プラントのレンタル契約を取ることでした。贈収賄は「手段」であって、「目的」ではありません。適法な手段または他にもっと効率的な手段が取れるならば、そちらを選択するはずです。

贈収賄罪の成立には、公務員に対する「現金授受」と職務行為の「請託」が必要で、両者に対価性というか因果関係があることが必要です。

「現金授受」といえるためには、単に物理的に現金が移動しただけではだめで、現金の趣旨を双方が認識していたことが必要になります。ちゃんと賄賂と認識していないとだめで、借金の返済とか、社会的儀礼の範囲なら合法。現金の認識がなく渡ったなら遺失物と同様の扱いです。最低でも2人以上の間に賄賂であることにつき意思の連絡とか共謀といわれる関係が必要です。

共謀の限界事例は「スワット事件」(最決平成1551日刑集575507頁、刑法判例百選76事件)です。暴力団組長がスワットと呼ばれる護衛役に直接指示を出していないものの、スワットらが自発的に被告人を警護するために拳銃を所持することを確定的に認識し、当然のこととして認容していたとして、銃刀法違反の黙示の共謀を認めた事件です。共謀の肯定にあたって、過去にも拳銃で武装したスワットが警護にあたっていた事実や暴力団の行動原理として親分の指示がなくても暗黙の了解で子分が意向を酌んで動くという上下関係を挙げています。

少なくとも、この程度の事実の積み重ねや特別な関係の証明が共謀の認定には必要です。談合事件なら、いわゆる「天の声」などです。法解釈は裁判所の専権事項ですが、事実認定は非専門家の裁判員や陪審員が関与しても合憲とされています。いわゆる「合理的な疑いを超える証明」というのも、簡潔にいえば、社会常識のある一般人を説得できるだけのものが必要です。

30万円の賄賂の見返りとされたのは、水源が目的としていた契約の前段階の社会実験です。検察は社会実験が業者に対する特別な便宜供与だと主張しました。
しかし、社会実験は財政の厳しい自治体が多い中、効率的な行政を行う手法の一つとしてあるものです。この意味で、費用負担しなくても実験結果が利用できる自治体にとって特別な利益となるものであっても、業者にとって経済的利益があるものではありません。せいぜい、営業トークの中で、あの自治体も導入を検討中であるとデモンストレーション的な宣伝効果を期待できる程度です。

Nが動機として語った「美濃加茂市を第一歩として他の自治体にも広げていく」ことは、もちろん正式な契約を交わしたことが前提です。
しかし、実際には正式な契約を待つことなく、公文書を偽造し、架空の契約書を銀行に呈示して、4億円の融資詐欺を行いました。この時点で因果関係が切れているため、贈収賄罪不成立と判断してもよさそうです。

一方、水源がレンタル事業の対象としていた浄水プラントは1600万円。月5万円のレンタル契約で10年で回収する予定でした。
もっとも、実際に契約できたのは2件だけで、経営は自転車操業だったといいます。そうした中で、たとえ適法かつ確実に契約が取れる保証があったとしても、6か月分のレンタル代に相当する30万円を支出する判断は妥当でしょうか。

つい「業者」という表現に引きずられがちですが、Nは水源以外にも複数の会社を経営した経験があり、病院の事務長としても勤務していました。病院の事務長として勤務しながら、株式会社水源を設立し、2011年頃から融資詐欺の端緒となる借り入れを行っていました。

契約は2件しか取れなかった水源ですが、複数の銀行に口座を持ち、数十万円単位で頻繁に入出金していました。Nは公判でこうした個々の口座について、金額や振り込み先をすらすらと説明していました。

このような理知的な性格のNが費用対効果を無視した行動をとることは考えにくいです。「自治体との契約が第一歩」という発言と契約書を偽造したことは明らかに矛盾しています。また水源の経営は赤字で自転車操業だったというわりには、正式な契約の交渉に入る時期の2014(平成26)年3月に向けて特に切迫した様子は見られません。

そうすると、最初から合計4億円20件の融資詐欺を実行する手段として水源を設立したと考えるのが合理的です。会社の外形さえ見せかければ融資詐欺には十分だったので、赤字のままでも特に気にしていなかったと考えられます。

以上が結果から事後的に推測できる事実です。

2 具体的場面からみた検討(N視点)

次に時系列に沿って個別の場面で当事者からどう見えていたか検討していきたいと思います。事件をNの視点からみた場合でも不合理であることを論証します。

一審、控訴審とも、出ている証拠は変わらないので、当事者間に争いのない事実とNの供述部分について、一審判決書最終弁論の一部を参照していきます。ほぼ一審判決の「第2 前提事実」p.3-12と「第4 公判要旨」p.28-55の部分の抜き書きです。もうだいたい頭に入ってる人は「 2.1 基本的な事実関係#」は読み飛ばして「2.2 筆者の私見#」に飛んでもらって構いません。一審判決中CNIT。以下、敬称略。

2.1 基本的な事実関係


N及びTと知り合った経緯について
Tと藤井の知り合った経緯(一審判決p.4-5p.44)
20132月、バイオエタノールの勉強会を通じて藤井とTが知り合った。浄水プラントを研究しているという話が出たので、もう少しその話を聞かせてほしいということで37日に名古屋の木曽路で会うことになった。 

Nと初対面 1回目の会合 木曽路(一審判決p.5p.44)
37日昼頃、藤井、TN3人は、木曽路錦店に集まり食事をした。藤井とNはこの日が初対面であった。Nは、名古屋市教育委員会宛に作成した浄水プラント事業に関する資料を渡し、その内容を説明するなどした。
同日又は翌日、藤井は、前記資料を持参して市役所の防災安全課を訪れ、同課において浄水プラント事業の検討を行うよう依頼した。また、その頃、同職員を介して同資料を受け取った課長は、同資料に目を通した上で、同資料を同課内において回覧に付した。

市議会における発言等(一審判決p.5-7)
314日に開催された市議会定例会議において、藤井市議による質問と当時の市総務部長による答弁が行われた。事前に提出された議案質疑発言通告書によれば「防災施設整備事業について」と題して2点質問した。
1 今回の整備で、どれくらいの備蓄が可能になるか。
2 災害対策に、民間が開発した新技術等を導入する考えは。

(藤井浩人) 175ページの防災施設整備事業についてお伺いします。今、地域防災計画の案がパブコメでも出されているところだと思いますが、それにあるような備蓄量には今回の予算ではどれぐらい充填ができるようになるのかということと、もう1点が、これからそのような備蓄というか備えをしていく上で,東京とか名古屋とか進んだ都市部のほうの備蓄品を見ていますと、地方に比べて最新鋭というかすぐれた備えができているんじゃないかなというのを拝見しますので、費用の面は当然考慮した上でなんですが、そういう新しいものをできるだけ今後購入するのであれば導入するという考えがあるのかどうか、お伺いします。 

(総務部長)まず、備蓄の予定につきましては、非常用食料としてアルファ米を400食、それからビスケットを1750食、それから毛布を100枚、子供用おむつを5400枚、それから大人用おむつを4500 枚、生理用品を4500枚等のほか、粉ミルクや離乳食、トイレットペーパー、簡易トイレ等の購入を予定しております。これだけではとても十分ではありませんし、また賞味期限等がある食料につきましては毎年少しずつ買っていって費用の平準化を図っていくということも考えておりますので、よろしくお願いします。 
また、新しい技術の導入ということで議員さんからもちょっと御提案いただいておりますけれども、それはプールにたまる雨水の活用ということで御提案いただきました。これについては環境に大変優しいということもありますし、災害時においても有効な株式会社水源となるということで、学校の現在の施設ですね,それに簡単に連結ができるかどうか、また維持管理の方法などについても、教育委員会とか、また学校といろいろ協議をしてまいります し、また業者のほうにもいろいろとこの辺のお話も今後伺って、本当に有効なものであったら導入に向けて検討をしていくということで、よろしくお願いしたいと思います。 

(藤井浩人)まず、備蓄品についてですが、答弁にあったように,徐々に備えていかないと賞味期限等があるのは承知していますが、これも自治体によっては、福祉施設等と上手なバランスをとって、結構面倒なことかもしれませんが、ちゃんとした量は備えながらも回していけるような計画ももしできたらお願いしたいと思いますし、2点目の新技術の話ですが、この前テレビで見たのでは、マンホールを簡易式トイレにするだとかいろいろな取り組みが、今アイデアがありますので、しっかりした精査をしていただいた上で、導入できるものは導入するという考えを検討していただきたいと思います。以上です。


2回目の会合 華川(一審判決p.7p.30-32 N公判供述要旨)
322日午後2時過ぎ頃、3人は、Nが予約した名駅の華川に集まり食事をした。
Nは、前回に引き続き、藤井に浄水プラント導入を依頼するとともに、ペットボトル何個分など具体的にイメージしやすい数字を入れた美濃加茂市向けに作成した資料を渡した。
藤井から「議会の反応が良かった」と聞かされたNは、浄水プラントの導入をお願いすると「是非やりましょう」と言ってくれた。Tが役人の動かし方を指南し、まずモデルケースとして導入し、名前を売って市長選に出ればいいと話した。その後も、藤井とTは政策論議していた。午後3時頃、退店した。

2回目の会合から3回目の会合まで(一審判決p.7p.32-33)
326日、防災安全課長は、Nに対し、327日に市役所において浄水プラント事業に関する打ち合わせを行いたい旨の連絡を入れた。そこで、Nは、同日午前10時頃、防災安全課宛の浄水プラント事業の資料を持参して市役所に赴き、同課長らに対し、同資料を渡して、株式会社水源の浄水プラントの仕組み等について説明をした。


3回目の会合 42日ガスト美濃加茂店(一審判決p.8-9)
41日から42日にかけての株式会社水源名義の銀行口座の入出金状況等 
41日、Nの知人が経営する株式会社の口座から株式会社水源名義の普通預金口座に15万円が振込送金された。42日午前857分頃、R支店に設置されたATMにおいて、同口座から15万円が出金され、株式会社S銀行O支店に開設された普通預金口座に5万円が振込送金された。

入店まで
午前825分頃から同日午前1156分頃にかけて、Nと藤井との間で、次の内容のメールがやり取りされた。
午前825分頃のN→藤井への送信メール 
「おはようございます。朝から申し訳ございません。ご相談とお渡ししたい資料がございます。どの時間でも結構ですので、少しお時間頂けませんでしょうか?美濃加茂の方に伺わせて頂きますので、宜しくお願い致します。」 
イ 午前848分頃の藤井→Nへの送信メール 
「御世話になります!今日は正午なら何とかなりますが、いかがですか!?」 
ウ 午前849分頃 N→藤井への送信メール 
「ありがとうございます。正午にどちらに伺えば宜しいでしょうか?」 
午前859分頃 藤井→Nへの送信メール
 「市役所の近くのガストでは、いかがですか?わざわざすいません m(_ _) m
午前9時頃 N→藤井への送信メール 
「了解致しました。宜しくお願いします。」
午前92分頃 藤井→Nへの送信メール 
「中に入る時間はないと思うので外で宜しくお願いします! 
午前93分頃 N→藤井「了解致しました。」 
午前1152分頃 N→藤井 「到着致しました。」 
午前1156分頃 藤井→N 「まもなく着きます! 

NTに対して、美濃加茂のガストにおいて被告人と会う予定がある旨を伝えたところ、TNに同行する旨申し出たことから、株式会社水源の事務所からNの運転する自動車に乗ってガスト美濃加茂店に向かった。同日正午頃、3人は、ガスト美濃加茂店に入店し、各人がランチ及びドリンクバーを注文し、座席番号「2-9」のテーブル席に着席した。藤井さんとTがテーブルを挟んで向かい側、Nは斜めの席に座った。
ガスト着席位置

第1授受(一審判決p.36 N公判供述要旨)
Tが「藤井くん何飲む」とTと藤井のドリンクを取りにドリンクバーに立ち上がった。Tが席を外している間、Nは、資料の入った大きな封筒を取り出し、ファイルに挟まった10万円入りの大垣共立銀行の封筒を半分まで引き出して、大封筒ごと裏返して見せた後、中身を戻して「これ少ないけど足しに。」と言って、藤井に渡した。藤井は「どうもすみません。助かります。」と言って受け取った。Nは口元に手をあてて「Tさんには内緒に」とジェスチャーした。現金だとはっきり言っていないが、銀行の封筒や仕草で賄賂だと分かったはずである。

ガスト受け渡し位置


Tが席に戻った後、浄水プラントや政策の話をした。午後045分頃、N3人分の飲食代をまとめてクレジットカードで支払い、ガストを退店した。

退店後(一審判決p.37)
Nは水源の事務所に戻った後、同日午後540分頃から午後73分頃にかけて、Nと藤井の間でメールをやりとりした。
・午後540分頃 N→藤井への送信メール 
「本日はお忙しい中,突然申し訳ございませんでした。議員のお力になれるよう,精一杯頑張りますので宜しくお願いします。」 
・午後73分頃 藤井→Nへの返信メール 
「こちらこそわざわざありがとうございます!全ては市民と日本のためなので宜しくお願いいたします!
3回目から4回目の会合までのできごと (一審判決p.9-10)
44日から413日にかけて、3人の間で、防災安全課に提出するPTA対策資料等の作成及びその修正等に関するメールのやり取りが続けられたほか、藤井からNに対し、課長の対応に不満を感じている内容のメールが送信された。
48日頃、Nは、市役所を訪れて課長と面談し、市教育総務課宛の浄水プラント事業に関する資料を手渡した。

413日淡路島を震源とする震度6弱の地震が発生した。この地震による死者は出なかったが、家屋倒壊や水道管破裂による被害などが報告された。

藤井市議は、美濃加茂市は浄水プラント事業に喫緊に取り組むべきであることなどが記載された防災安全課宛の文書を作成した上、415日、同課長に対し、前記文書を手渡し、翌日までに市としての対応につき回答するよう求 め、416日夜に課長から浄水プラントを導入するに当たっての問題点の指摘をメールで受けると、Nとメールで連絡を取り合った上、417日、課長に対し、指摘を受けた問題点に意見を付した上での更なる回答及び株式会社水源による説明会の開催を求める内容等が記載されたメールを送信するなどして、浄水プラント事業の美濃加茂市への導入を働き掛ける行動を取った。

4回目の会合 425日山家住吉店
藤井とTが一度会って話すため、425日に会う約束をした。店の予約はNがした。(一審判決p.39,p.51)

HY借り入れ(一審判決p.38)
425日朝、知人で水源の発起人でもあるHY50万円貸して欲しいと電話をかけた。手元に金がなかったわけではないが、支払いや資金繰りが苦しくなると思い、上乗せで借りることにした。HYには藤井が市長選に出るタイミングで金を渡すことは説明して理解してもらった。50万円は翌26日振り込まれた。

425日の株式会社水源名義の銀行口座の入出金状況等(一審判決p.10)
同日午前1046分頃、株式会社T銀行U支店に設置されたATMにおいて、株式会社水源名義の普通預金口座から90万円が出金された。また、同日午後315分頃、株式会社W銀行V支店に設置されたATMにおいて、株式会社水源名義の普通預金口座に70万円が入金された。

425日の飲食店Gにおける会合 同日夜、3人は、山家住吉店に順次集まり、飲食店Gの座席番号「44」の掘りごたつ式の座敷に着座して飲食をした。 
山家住吉店着席位置



第2授受(一審判決p.40)
Tがトイレに行った。Nは机の反対側に回り込み、藤井さんの左隣に移動した。スーツの内ポケットから20万円入りの茶封筒を取り出し、「これ少ないけど足しにして下さい」と渡した。藤井さんは「いつもすみません。助かります。」と言って受け取った。Nは「これもTさんには内緒に」と言った後、すぐに自席に戻った。

山家住吉店受け渡し位置

Tは自席に戻った後、藤井と政策論議していた。Nは、「市長になっても水源のことは忘れないで下さい」と浄水プラントの件をお願いした。
Nは、同日午後1041分頃、Tに対し、「そろそろ,おいとまします。議員に具体的に、どう行動すべきかを教授しておいて下さい。お願いします。」との内容のメールを送信した上で飲食代2万円を置いて先に退店した。

退店後のできごと(一審判決p.11)
426日、Nと藤井との間で、次の内容のメールがやり取りされた。
・午前849分頃のN→藤井への送信メール 
「昨晩はありがとうございました。市長選頑張って下さい。お手伝いや,ご協力,そして・・・。なんでも遠慮なくご相談下さい。」
午後零時31分及び32分頃の藤井→Nへの送信メール 
「昨晩はありがとうございました!本当にいつもすいません。昨日は盛り上がりましたが現実はそんなに簡単なものではないので,見極めながら興していきますので,色々お力お借りしますが宜しくお願いします! 
・午後零時32分頃のN→藤井への送信メール 「かしこまりました。」 


市長選後のできごと(一審判決p.11)
520日、市役所において、防災安全課長、N、中学校の校長らが出席し、Nが浄水プラントの説明を行う説明会が実施された。
藤井は、市長就任後も浄水プラント事業の導入に関して、総務部長や防災安全課長に対してその進捗状況を確認したり、設置予定場所となっていた中学校に下見に出向くなどして、浄水プラントの導入を働き掛ける行動を取った。
社会実験の開始(一審判決p.42)
6月中旬頃、防災安全課長から、入札方式の一つであるプロポーザル方式を予定している旨及び入札手続を行うには半年くらいの時間を要する旨の連絡がNにあった。このためNが課長に対し、もっと何か早く導入できる方法がないか相談すると、株式会社水源が費用負担して社会実験か共同実験という形を取れば早く導入できるとの説明があったことから、Nは、それでも構わないのでその方法で話を進めてもらいたいと伝えた。当初の目的であったレンタル契約ではなく社会実験等という形を取ってでも導入したいと考えたのは、早期に設置して他の自治体への営業を拡販したいとの理由に加えて、美濃加茂市に設置する浄水プラントについては、社会実験等を終えた後にプロポーザル方式をとってレンタル契約に移行すれば良いと判断したからである。 

731日付けで、株式会社水源と美濃加茂市との間において、浄水プラントを中学校に設置して2か月間の実証実験を行う旨の確認書が交わされ、812日、中学校に浄水プラントが設置されたが、その後、同実証実験期間は平成 263月末まで延長された。

114日、3人は山家住吉店に集まり食事をした。帰りはNの車で美濃加茂市まで送ってもらった。藤井とNが二人きりになったのは、この時だけである。(一審判決p.55)

Nは、銀行に対する1000万円の融資詐欺で、2014(平成26)年26日、逮捕され、同月26日、起訴された。 


2.2 筆者の私見 #

2.2.1 「請託」ないし働きかけの検討
(1)市議会質問とそれ以外の働きかけ
20133月上旬、藤井さんが水源の浄水プラントの資料を市の防災安全課に持ち込んだ経緯があります。ただし、基本的には、市から水源に問い合わせがあった3月下旬以降、水源のNが直接、市役所の担当課に出向いて説明を行っていました。

314日の市議会質問の内容は、備蓄品がメインで、「民間の新技術」というのも浄水プラントの趣旨ではありませんでした。

藤井さんが浄水プラント導入の必要性について最大の働きかけをしたと考えられるのが415日から17日の文書とメールでのやり取りです。ただし、質問権のような市議特有の権限ではなく、法的には一般の市民や民間企業でも可能な任意の要望と問い合わせです。技術的な部分をNに聞きながら、担当課の指摘した56項目の問題点に回答しました。

ガストで会った42日は、Nが市役所で打ち合わせの予定があり、藤井さんにも資料を渡しておこうと当日メールして会うことになり、市役所近くのガストに入店。この時渡した資料には、前日の担当課との打ち合わせ結果と飲料水の使用に問題ないことを説明したメモ、雨水の集水経路を赤ペンで書き込んだ航空写真が入っていました。(最終弁論「第3 N の贈賄供述の内容自体の不合理性」p.5)

322日華川の会合で、市議会の反応が良かったと聞かされたと供述していますが、議事録を見ると、浄水プラントの単語は出たが、質疑の論点にはならなかったことが分かります。議会質問したと聞かされたら、それについて深く掘り下げて聞いて、次の展開を考える方向に行くと思いますが、「まずはモデルケース」「梅雨までに仮契約」とか願望を話すだけで、具体的にどんなステップを踏むのが必要かという話にはなりませんでした。そうすると、この段階では、市議会の質問は特に話題にならなかったと考えるのが自然です。

だとすると、42日第1授受の「お礼の趣旨」の意味がなくなります。この後も、市の提示した疑問点に対して、納得できるような説明が必要で、何回も技術的な回答を作成している多忙な状況であったことから、契約についての見通しが立ったと判断するには時期尚早としか言わざるを得ません。

(2)契約状況
具体的な契約や入札方式の話が出たのは6月中旬で、Nが担当課と話し合っていた時です。会社側の費用負担になる社会実験という形をとることについて、特に異議は述べずに了承しました。設置工事後、実証実験の期間が当初の2か月から、さらに6か月延長されました。N自身は、浄水プラントの進捗状況について、危惧を覚えたことはないと供述しています。

425日以降、Nは藤井さんとは会っていないと公判で証言しました。Tの証人尋問後、11月に会ったことがあると訂正しましたが、この時に市長だから特別に何か依頼したということは言っていません。契約の状況からすると、行政に働きかけを強める必要があるのは、当初の社会実験終了時期の9月頃か、正式な入札の始まる翌年3月頃のはずです。しかし、この頃、進捗状況を特に気にしていた様子はありません。

Nは賄賂を渡す心情について、「市長の力でこの勢いを維持して欲しい。もし議員でなくなっても影響力を行使して欲しい。」という趣旨のことを述べましたが、公判では、市長と市議の権限の違いは分からなかったし、具体的に何を頼むかということは漠然としか考えてなかったと答えています。合法的な政治献金の方法があることは知っていたし、ウラで渡すのは違法だと知っていましたが、あえて逮捕されるような方法を選択しました。

合法的な30万円の政治献金なら巨額ではないし、堂々と支援者の一人として相談しに行くことができます。言いなりはだめですが、有権者が政治家に意見を伝えるのは民主主義においては正常な行為です。

動機について「美濃加茂市を第一歩として他の自治体にも広げていく」と語っていましたが、結局、契約書を偽造しています。特に問題なく推移していたところ、途中で契約締結の努力を放棄して、銀行の融資詐欺に走っています。

(3)職務行為
以上の浄水プラント導入に関する働きかけは、現金が絡まなければ、基本的に適法な行為です。何か強制権限を行使したわけでもなく、官製談合のように恣意的に仕様変更したということはありません。それぞれが真摯に対応して、細かい点に踏み込んで何度もやりとりしていたことが分かります。契約の方式を話し合うタイミングも特別に早いわけではなく、担当者の独断ではなく、真面目に資料を読み込んで比較検討した結果の進行具合と考えられます。

2.2.1 「現金授受」の検討
(1)第1授受
第1授受はメールとレシートの記録から滞在時間は40分間。Nの語るところでは、初対面の37日から42日まで、藤井さんとお金の話はしていませんでした。むしろ、第一印象は「好青年だと思った」と供述しています。
そうすると、Nが初めて賄賂を持ちかけ、藤井さんに受け取りを求める機会は、Tがドリンクバーで席を外した数分間だけです。席がドリンクバーの約5mとすぐ近くであることから、もたつかなければ最短で数十秒でドリンクを取って席に戻ることができてしまいます。座席は、籐製の椅子で、通路との間に壁や衝立はないため、振り返ればドリンクバーから簡単に座席の様子が見えます。

この短時間のうちに、賄賂の申し出を承諾してもらい、現金を渡さなければなりません。

言うまでもなく、第1授受の申し出が最も重要で、これがなければ後の第2授受にもつながりません。ここで断られたら、警戒されてもう二度と会えなくなるかもしれない緊張の一瞬です。

現場の状況、前後の経過を考えても、現金授受があったとするのは無理です。

現場は市役所近くのガストで、昼食の時間帯です。藤井さんの顔を知っている市民や職員も多くいて目撃されやすい場所です。さらに、混雑している昼食の時間帯は、小声だとかなり顔を近づけないと聞こえないでしょう。希望のドリンクを聞いてから、Tがドリンクバーに行ったということであれば、ものの12分以内に席に戻ってくることが予測できるので、賄賂を渡すことができる機会は非常に短い時間に限定されます。この間に、賄賂の約束を取り付け、封筒の中身を半分出して裏返して渡すことは至難の業です。

当日の経緯も、市役所に行く用事があり、藤井さんにも資料を渡しておこうとアポをとり、近所のガストに入店したという経緯です。

藤井さんとアポをとった後、Tにも同行するか尋ねています。Tに知られたくなかったのなら、この行動は不自然です。発覚しやすい不自然な行動について、Nは、最悪、Tにバレても警察には通報されないと思ったと公判でさらに不可解な説明をしています。だとするなら、むしろ、最初から言っておいてスムーズに進めるという選択肢をとる方が自然です。協力的なら一緒にプレッシャーをかけられますし、反対に乗り気でなければ連れて行かなければいいだけです。

退店後のメールも、双方とも礼儀正しい文面ですが、内容は短めの挨拶で、そうした緊張感に溢れた事件直後のメールには見えません。

以上からすると、現金を渡すのは物理的状況からいって無理ですし、前後の経過を考えても社会的事実として事件の起きていない日常の一コマと解釈するのが自然です。

(2)第2授受
滞在時間は藤井さんが合流した午後10時頃からNが退店した午後1041分までの40分程度。Tがトイレで席を離れた隙に、席を移動して第2の現金授受。Tの飲食代2万円を置いて、Nだけ退店。

深夜の居酒屋で気を遣うような会話をすることは難しいので、第2授受だけ単独で申し出ることは考えづらい状況です。同じようなやりとりがされていることからすると、第1授受があってはじめて第2授受につながります。

第2授受の際、Nは掘りごたつの席を立ち上がって、(a)机の反対側に回り込み、隣に移動して膝をついて渡したと供述しました。(b)横にスライドして机を挟んで渡せば渡しやすく、かつ同席者Tが戻ってくることも察知しやすい渡し方があるにもかかわらず、(a)わざわざ回り込んで通路側を背にしてしまい、Tの動きに気づきにくく、余計に時間のかかる渡し方を選択しました。

(a)回り込み
(b)向かい合わせ

山家住吉店着席位置
この時もTが席を外すことは事前に予測できないし、Tにバレないよう気をつけていたのに、わざわざ無駄に大回りな動きをするのは不自然です。また政治家を接待する目的なら中座するのは失礼でしょう。

会合場所が居酒屋だった理由は、Tの公判で証言していたように、水源の事務仕事の給料が最初しか支払われなかったので、代わりにNTに食事をおごるために、店を予約しただけでしょう。そして、当時Tは議員秘書などの政治関係への転職活動中だったので、なるべく機会を見つけてはTに政治家と話せるように気を回したのだと思います。

実際、4回の会合とも、Tは藤井さんと向かい合わせの座席で、ずっと政策の話をしていたということで、一貫しています。藤井さんとN2人だけで会ったことはなく、必ずTN、藤井さんの3人で会っています。

さらに、当たり前すぎて誰も指摘しないのかもしれませんが、店のグレードが初対面の時から下がっているのは不自然です。賄賂を使う業者なら、なるべくカネを持ってるように見せた方がいいのに、学生でも気軽に入れる大衆的な店を使うのは理解しがたいことです。事前に渡す約束をして、たまたま現場が大衆食堂だったならまだ分かりますが、今回はファミレスや居酒屋で賄賂の話し合いをしています。

華川という中華料理店も、東海地方以外の人にはなじみがないと思いますが、木曽路と同じくらいの飲食店で、そこそこの年齢の方の同窓会や会社の歓送迎会で使われる店です。夜は高級コース料理ばかりですが、昼はお得なランチもあります。

やはりそれなりの店でないと飲食の接待とはいえないし、だんだん安い店に変わるなら、客に大事に扱われた感覚はないし、金銭的に危ないのかと疑われる要因になります。悲しいことですが、倒産寸前の業者とは疎遠になるのが普通です。ましてカネ目当てで付き合ってる政治家ならなおさらです。例外的に想定できるのは、特別な補助金交付のリベートが期待できるような場合です。

まだ入札方式も決まっていない月5万円のレンタル契約のために過剰な資金を使う必然性がありません。いきなり現金で10万円、20万円を渡すより、ちょっといい店で接待した方が1回の支出を抑えつつ高級感を演出できて効果的です。

そうすると、第2授受も信憑性のない話と言わざるを得ません。

(3)犯罪のコストとの兼ね合い
最初に第1授受10万円を渡す時に、これで十分と思っていたのか、それとも不足だと判断したのか、よく分かりません。第2授受以降も要所要所で渡そうと思っていたと供述していますが、資金繰りが厳しかったので、結局、渡しに行くことはありませんでした。

逆に、そこまで赤字で余裕がないなら、30万円の返還を求めてもおかしくありません。やり方によっては恐喝になりかねませんが、ウラで渡したなら、同じく手渡しで返してもらっても記録に残らず、怪しまれませんし、ついでに「利子」の支払いも要求できたかもしれません。

賄賂を渡していたとするなら、資金繰りが厳しくなった時に返還を求めるか、別の要求を聞いてもらってチャラにすることも選択肢としてあり得ます。この場合、授受の現場に複数で行った方が、証人がいてくれる分、プレッシャーになり実効的です。1人だけ覚えていても、記録がないため、水掛け論で逃げられるおそれがあります。

いずれにしろ、この時点での進捗状況はまだ時期尚早といえます。さらに、契約を決定するのは市当局であって、議員の権限ではありません。藤井さんは当時、1期目の1人会派の市議であって、市政に決定的な影響力を有していたわけではありません。

実際に、N自身が打ち合わせで市の担当者に何回も直接、説明しに行っていたことから、どの問題点をクリアして、誰を説得すればいいか、かなり具体的に分かっていたはずで、政治家にカネを渡して頼めばいいという漠然とした認識ではなかったと考えられます。

そして何よりも美濃加茂市に浄水プラントの売り込みをかける前から、4億円の融資詐欺も同時並行していたことを指摘せざるを得ません。

1件当たり数千万円の融資(詐欺)と月5万円の浄水プラントの契約、経営的にどちらを優先すべきか常識的に明白でしょう。数年間の実績は浄水プラントは2件。融資詐欺は20件。成功率からいっても、どちらが本業という意識でやっていたかというと、銀行相手の融資詐欺こそ本丸だったと言うべきでしょう。

赤字経営といっても、過去に病院の横領事件で和解した経験があることから、1億円くらい穴を空けてもなんとかなるとむしろ自信を持っていて、本人的には余裕だったと思います。

あまりにも不用意にカネを渡していますし、得られる利益や確実性からしてもおよそ釣り合っているとは言えません。結局、賄賂を渡す意味、必然性がほとんどなく、こんなところで賄賂を渡そうと判断すること自体が不合理といえます。

2.3 一審無罪判決の結論

以上のような事実について、第一審判決は「現金授受の核心的な場面について具体的で臨場感を伴う供述がされていない」と判断しました。(一審判決p.82p.94)

主な理由は、p.79以降を読んでもらうと分かりますが、現場の状況や渡し方の不自然さ、供述経過の不自然さを多々指摘しています。

たとえば、第1授受の記憶状況。賄賂という非日常的行為で最も印象に残るはずの第1授受よりも先に第2授受を自白したこと、第1授受と第2授受のやり取りが酷似していること、当時の心情を具体的に述べていないなど、自己の経験を語っていると思えない不自然さ。

さらに、第1授受の同席者Tの有無という重要な事実についての変遷。この点に関して、当初、現金を隠すカモフラージュのために同じ資料を持っていったとの説明が、同席者Tに疑われた時のために新しい資料も持参したと変遷。わざわざ同じ資料を持って行ったことが現金を渡しに行った「積極的な根拠」(p.86)となっていたにもかかわらず、変遷したのは、捜査の進展状況に合わせて供述を変更した可能性。

また、臨場感という観点でいえば、第2授受の具体的な場面についての説明の不自然さ。

結局、第1授受、第2授受とも、合理的な疑いが残るため、無罪としました。

2.4 波及効果

もし仮に供述通りの事実があったとしても、これで有罪認定をすることは本来刑罰を科すべきラインを大きく踏み越えており、ごく普通の日常的な活動に影響を及ぼします。箇条書きします。

1人の供述のみに依存。本人と同席者の否認供述を無視。決定的な証拠はない。
・初対面から1か月後かつ3回目の会合という極めて短期間の浅い関係で現金授受を認定したこと。
30万円と少額で、賄賂の見返りが少なく不確実。業者に経済的利益のない社会実験で、入札も始まっていなかった。
・働きかけの方法・内容が適法な行為。通常の売り込みや社交辞令を超えるものではない。「本当にいつもすみません。」というメールの文言が2回現金を受け取った証拠とされた。


次は事件の作られた原因に視点を移して「3 供述経過の検討」「4 証拠の強弱からみた捜査のずさんさと強引さ」を書きます。