2016年12月3日土曜日

不可解な逆転有罪は日本版「司法取引」の先取り判決

新聞各紙の判決要旨を比較してみて、何回読んでも腰の据わらない表現で逃げに入っていて、十分に納得できる理由は示されていないと感じました。判決の論理については記事を改めて後述しますが、公判の中でなく、公判の外の状況で結論を決めた印象があります。

要するに、今年5月24日に成立した日本版司法取引を容認する刑訴法改正を受けて、前例をいち早く作るという政治的配慮が背景にあると推測します。いわゆる「検察ファッショ」の動きに裁判所が忖度して判決をねじ曲げたのが原因だと思います。

法律で認められていない「新しい捜査手法」を裁判所が合法化した動きは、通信傍受法成立以前の盗聴行為を通信傍受法成立のわずか4か月後に合憲判決を出した電話検証事件(最決平成11年12月16日百選[9版]34事件)があります。

判決前日(朝日は2日前)、新聞各紙(中日、岐阜、朝日、毎日、読売)がこれまでの経緯をまとめた前触れ記事を掲載していましたが、産経新聞だけが少し特異でした。他紙が長めのインタビューを載せるなど、わりと大きく扱っていたのに対して、産経は扱いが小さめで、他にないコメントが入っていました。

一審判決の経過を書く所で「贈賄側と収賄側で事実認定が異なる“ねじれ判決”」と一般論で評価する書き方をしていました。事実と評価を混在させた書き方は、三段論法的には論理的でない文章の典型ですが、“ねじれ判決”とさも困った判決であるかのように匂わせていました。

さらに、匿名の「検察幹部」のコメントを引用していました。

浄水設備汚職控訴審 美濃加茂市長にあす判決 贈賄側証言の信用性争点 産経新聞 11/27(日) 7:55配信 (WEB魚拓)

検察幹部の一人は「市議時代からのつながりを見れば(収賄は)明らかだ。客観証拠の積み重ねで立証は十分。控訴審ではしかるべき判決が出ると思っている」と強調。

「幹部」ということは、担当検事ではなく、少なくとも名古屋高検の次席検事以上か、東京の最高検、東京高検、法務省出向中の検事の可能性があります。

そして、控訴審判決翌日の記事は、“ねじれ”が解消されたと2人の「法務・検察幹部」のコメントを載せています。さらに、元東京地検特捜部の高井康行弁護士のコメントがありました。

ちなみに、紙媒体のタイトルは「美濃加茂市長逆転有罪 高裁判決 贈賄社長証言に「信用性」」となっていますが、WEB版だけ「判断分かれたポイントは」と解説風のタイトルになっています。

1審と正反対の結論 判断分かれたポイントは… 産経ニュース 2016.11.28.20:08配信  (WEB魚拓)

 受託収賄などの罪に問われ1審で無罪判決を受けた岐阜県美濃加茂市長、藤井浩人被告に逆転有罪判決が言い渡された。賄賂の受け渡しは密室性が高く物証が得られにくいため汚職事件の捜査は供述が最大のカギを握る。今回は供述の信憑(しんぴょう)性をどう評価するかで判断が分かれ、正反対の結論が導き出された。
 「証拠を見てもらえれば有罪になると思っていた」。法務・検察幹部の一人は淡々と判決を振り返った。1審は贈賄側と収賄側で事実認定が異なる“ねじれ”が生じていたが、検察内では「裁判官が変われば控訴審で然るべき判決が出る」(別の幹部)との見方が大勢を占めていた。
 検察側立証の核となったのは、藤井被告への贈賄を認めた地下水供給設備会社社長、中林正善受刑者(46)=懲役4年の判決確定=の証言だ。
 弁護側は「社長が余罪追及を免れるため検察と取引した」と主張。1審判決は贈賄側に虚偽供述の疑いがあるとまで言及していた。
 控訴審でも中林受刑者の証言の信用性が争点となり、職権で証人尋問が行われた。藤井被告が受け取った賄賂は30万円だが、「額が少なく、(他の使途と)紛れてしまう」(別の検察幹部)という問題もあった。
 検察側は控訴審で、賄賂の原資とされた金融機関の出金記録や現金授受後にメールが急に増えた点などを指摘し、供述を裏付けた。
 元東京地検特捜部検事の高井康行弁護士は逆転有罪判決について、「控訴審で贈賄側から破綻のない証言が出たことと、検察側の裏付け立証もより緻密にされたのが主な理由だ」との見方を示した。今回の公判では、供述の信用性を慎重に吟味し、立証することの重要性があらためて示された形だ。

この高井康行弁護士こそ、国会の参考人質疑で与党公明党推薦で日本版司法取引を含めた法改正に賛成の意見を述べた人物です。

さらに、産経新聞が偏っているのは、判決に批判的な立場からのコメントが一切無いことです。

紙媒体にはあるが、WEB版では削られている「裁判官の心証が分かれたことが大きい」とする落合洋司弁護士のコメントは、朝日、毎日、中日にも掲載されていて、内容的には判決の文面を一般論として論評したものになっています。

しかし、産経新聞だけが引用した高井康行弁護士の「検察側の裏付け立証もより緻密にされた」というコメントはどうでしょうか。この2年半近く、様々な記者や市民が一審や控訴審の審理の流れを見てきた実感に合致するものでしょうか。まるでポジショントークのような物言いと感じます。

この動きから覗えるのは、この事件の行方に検察庁として並々ならぬ関心を持っていて、八方手を尽くしての世論工作&政治的圧力をかけていたことが推測できます。もっとも、検察の広報役として動いたのは産経新聞だけでした。

ここで時系列で控訴審の流れと日本版司法取引の法改正の動きを振り返ってみます。

控訴審の流れと国会の動き
2015年3月5日 一審名古屋地裁 無罪判決
3月18日 名古屋地検控訴
7月1日 刑訴法改正案 国会参考人質疑 賛成意見 高井康行弁護士 反対意見 郷原信郎弁護士
8月25日 名古屋高裁 控訴審初公判
10月6日 木口信之裁判長が依願退官 村山浩昭裁判長に交代
11月26日 第2回公判 証人尋問(取り調べ担当刑事)
2016年2月頃 職権によるNの再尋問決定
4月1日 左陪席肥田薫裁判官が静岡地家裁に異動 赤松亨太裁判官に交代
5月23日 第3回公判 証人尋問(N) 関口検事リターン
5月24日 刑訴法改正案成立
7月27日 第4回公判 最終弁論
11月28日控訴審逆転有罪判決

まず、状況として指摘できる点

・控訴審の期間の長さ
一審は判決まで9か月。控訴審は1年8か月と倍以上。公判回数は一審が全9回(うち証人尋問5回)。2014年10月から11月にかけて集中的に取り調べ。一方、控訴審の公判回数は全5回(うち証人尋問2回)。供述経過についての取り調べがメイン。控訴審は公判が取り消されたり、審理と審理の間が長め。

・裁判官3名のうち2名が交代
初公判後に木口信之裁判長の退官。定年間近で異動の可能性は低いとみられる時期に依願退官。N再尋問の前にも左陪席の裁判官が交代。時期的に人事異動か「送り込み」かは分からない。心証がリセットされたか、退官や異動で裁判所の空気が変わり影響を与えたか。

・国会で日本版「司法取引」(協議・合意制度)を容認する改正刑訴法成立
2015年189回国会に改正案提出。1年かけて2016年5月に成立。政治的なロビイング活動が最も活発な時期。15年7月の参考人質疑で郷原弁護士が反対意見。質疑の中で美濃加茂市長事件にも触れられる。

さらに、本件に特異な事情

・一審の主任検事関口真美検事が控訴審にも出席(「関口リターン」)
N再尋問決定後、一審の関口検事が控訴審にも出席。Nが余計な証言をしないよう監視に来たか。さらに、証人尋問後はもう用事が済んだはずだが、その後の最終弁論、判決言渡期日にも計3回出席。所属は東京地検のまま。

・再尋問でNの「生の記憶」を確かめたいという裁判所の事前の要請が破られる
Nは自ら1審判決書の差し入れを要求してないというが、Nの刑は確定していて、弁護士の事務所は東京。接触を禁止された検察官からの働きかけがあったことが疑われる。


本来、事前の要請を破られた裁判所は恥をかかされた格好になるわけですが、「事前の要請を無視するとは完全に司法を侮辱している。けしからん。絶対に許さない。」となるのではなく、「こんなことまでして検察が全組織挙げて有罪をとりにきている。これ以上、迷惑をかけられない。司法取引の法改正もあったことだし、恩を売っておこう。」と政治的配慮を働かせた結果、あのような判決になったと思います。

供述が疑われる原因を作った張本人の関口検事が控訴審に出席したことも、通常は心証を悪くする裁判所をなめた態度ですが、それが検察は裁判所の言うことなど聞く気もない、全組織挙げてなりふり構わずかかってくるという態度に恐れをなして「検察ファッショ」の動きに迎合したのだと思います。

仮に意向を伝えるとすれば、最高検察庁→最高裁事務総局→担当裁判官、法務省出向検事→政権幹部→最高裁事務総局→担当裁判官というようなルートが考えられます。

なかなか裁判官に証拠が残る形での分かりやすい圧力は加えられないでしょうが、組織の予算や人事を通じて間接的に影響を与えることはあり得ます。判決に理由を付さねばならないと法律で決められている裁判所は、一転、裁判官の人事異動には理由を示さず、結果として裁判官の過剰な忖度を生んでいます。

そこで司法権力の定量的研究が必要となってきます。この分野では政治学・行政学が専門の西川伸一教授と新藤宗幸教授の研究が代表的です。

西川伸一『裁判官幹部人事の研究 「経歴的資源」を手がかりとして』五月書房2010年

新藤宗幸『司法官僚 裁判所の権力者たち』岩波新書2009年

ここで研究をちゃんと紹介することはできませんが、最高裁事務総局という司法行政に属する「裁判しない裁判官」が全国3700人の裁判官人事を一手に握っています。人事以外では、裁判官会同という勉強会を主宰して、判例解釈の統一という形で統制を図っています。

以上はまだ裁判官が忖度したという好意的な見方で、積極的な悪意があった可能性も捨てきれません。木口信之元裁判官は年齢的にもう異動がないとみられるのに、退官してしまいました。後任の村山浩昭裁判官は、あと1回か2回程度です。身内に公務員がいないので、序列とか席次のこだわりは分かりませんが、ひょっとするとその程度のことでと思うような事が動機になっている可能性もあります。裁判官は、退官後は評議の秘密は負わないし、罰則もないので、もし聞く機会が巡ってくれば聞いてみたいと思います。

今回の控訴審判決を何回読んでも、軟体動物のような背骨のない文章という印象を免れません。詳しい理由は次の記事で書きますが、担当した裁判官に一人ずつ「あなた自身が最も決定的だと判断した証拠は何ですか。」と説明を要求したら、おそらく挙げられないと思います。理由になってない理由で、認定に無理があるということです。

キング牧師の名言「最大の悲劇は、悪人の暴力ではなく、善人の沈黙である。」を心に、次の記事で判決を論評してみようと思います。

2 件のコメント:

  1. 美濃加茂市近隣の町で開業医をしているものですが、興味深く拝見致しました。

    今回の控訴審判決が、明白な論理矛盾を犯してまで「逆転有罪判決」に至った理由が、「日本版司法取引を容認する刑事訴訟法改正」絡みであるらしいことが、門外漢の当方にも漠然とではありますが理解できました。

    私には、そんな深淵を正視するだけの確固とした覚悟があるわけではありません。しかし同市長の人となり・日常・仕事ぶりを知る者にとって、今回の控訴審判決は到底甘受できるものではなく、既に直接あるいは間接的に、美濃加茂市と定住自立圏を形成する我々周辺自治体の住民にも被害が及んでいる現況は看過し難い段階に至っています。

    当事者でもある美濃加茂市民が声をあげづらい現状を踏まえると、寧ろ我々こそが、当地域に住まう堅実に真摯に日々を過ごしている市井の人々の叫びを代弁していかなければ、地方自治に未来はないのではないかとの危機感を覚えています。
    そういう観点から、向後、実効ある具体的なアクションを起こしていこうと決意しているところです。

    お見知りおきいただくとともに、種々ご教示くださいますようお願い致します。

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  2. 無罪の自信があるのなら、出直し選挙なんてする必要がない

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