2015年3月10日火曜日

一審判決と公判全体の感想(2) 著しく公平性、適格性を疑う検察の姿勢

ここからはこれまでの経緯を振り返り、個人的に感じたこの事件をめぐる刑事司法上の問題を提起したいと思います。あくまで第三者の考えなので、当事者や弁護団はもちろん、無罪判決が出た今、マスメディアで引用される専門家のコメントで指摘されるような問題は脇に置き、大筋から離れた議論になることをご承知おき下さい。このブログでは、刑事裁判は決して専門家だけの問題ではないとの考えに立ち、報道で公知になっている情報や一般の傍聴人が知りうることのできる情報を基にして、そこから考えつく問題を列挙していきます。たぶん、ふつうの法学部を出た人なら誰でも思いつくことですので、適当に読み飛ばしても構いません。

まずは事件の経緯です。

2013年
3月7日 Tの紹介で藤井浩人市議(当時)、水源社長N、Tの3名が木曽路錦店で初対面。
3月14日 藤井市議、市議会で防災対策の質問
3月22日 藤井市議、N、T、名駅の華川で会う(2回目)。
4月2日 藤井市議、N、T、ガスト美濃加茂店で会う(3回目)。Nが藤井市議に10万円渡したと主張。
4月19日 美濃加茂前市長渡辺直由氏、体調不良により引退表明。
4月25日 藤井市議、N、T、名古屋の山家住吉店で会う(4回目。T証言では5回目)。Nが藤井市議に20万円渡したと主張。
5月9日 渡辺前市長辞職。
6月2日 藤井氏、美濃加茂市長選挙当選。
7月31日 美濃加茂市の中学校に浄水設備の実証実験の契約(正式なレンタル契約は来年3月に判断)。
8月中旬 中学校に浄水設備の設置工事。
秋頃 藤井市長、N、T、山家住吉店で会う(5回目。T証言では6回目)。これ以降、会うことはなかった。
2014年
2月6日 N、詐欺罪で逮捕
6月24日 藤井市長逮捕
8月25日 藤井市長保釈
9月17日 初公判 冒頭陳述
10月1日・2日 N証人尋問
10月8日 T証人尋問、TN証人尋問
10月16日 H・Y、H・T証人尋問
10月24日 被告人質問
11月11日 N、保釈
11月19日 N再尋問、O証人尋問
12月19日 論告求刑
12月24日 最終弁論
2015年
1月16日 N懲役4年実刑判決(確定)
3月5日 藤井市長無罪判決

以下、とりとめなく気づいた問題点を列挙します。

・虚偽供述、不当逮捕
一審無罪判決は、贈賄者が虚偽の証言をした疑いを認定しましたが、もし捜査官が通謀して虚偽の証言をさせたならば偽証罪(刑法169条)の共犯となるだけでなく、特別公務員職権濫用罪(刑法194条)の疑いもあります。それぞれの法定刑は、3月以上10年以下の懲役、6月以上10年以下の懲役又は禁錮です。

・国家賠償
憲法40条は、明文で無罪判決を受けた者の刑事補償を認めています。国家賠償は公務員個人でなく、国に賠償させるのが通常です。しかし、あまりに悪質な事件については公務員にも負担させるべきという声が上がることもあります。過去には、堀川事件という冤罪事件の国賠で当該公務員に損害賠償の一部を連帯して負担させた裁判例もあります。図書館で確認できるものとしては、東京高判昭和61年8月6日判例時報1200号42頁(確定)。堀川事件を紹介しているブログ→堀川事件—警官犯罪を追いつめた11年

・不当な取調べ、供述経過の不自然
取調べの問題はいろいろありますが、水源社長Nが贈賄を自白したのは3月15日の愛知県警の取調べの中です。詐欺罪で起訴された後です。起訴前勾留を公訴の提起、追行の準備ととらえる説に立てば、余罪とはいえ起訴後の取調べは望ましいことではありません。N自身の供述では、警察から「ほかにないのか」「政治家と会ってないか」と申し向けられて、贈賄を自白したことになっています。これだけでも捜査機関の誘導の可能性が出てきますが、供述の動機について警察から「うそつき父ちゃん」と人格を否定するような言葉を受けています。犯行は明白なのにずっとしらばっくれているならこういう言葉が出てくるのも分かりますが、すでに自白し捜査に協力的になっているNに対してやや言い過ぎな気がします。被告人本人、同席者Tへの任意の取調べでも、初回から恫喝的な取調べをされた事実からすれば、二度あることは三度あるので、Nもまた家族も逮捕するぞなどと脅された可能性があります。N本人は争っていないので分かりませんが、N供述の任意性を争う余地もあったと思います。(起訴後勾留中の被告人に対する余罪の取調べについて 久岡康成)

・Nが問われていた罪の法定刑と処断刑
弁護団はヤミ司法取引の可能性を指摘しましたが、やってもいない罪を自白するはずがないというのが一般的だと思います。そこで、Nが置かれていた状況を確認したいと思います。Nが起訴されていた罪は、詐欺(刑法246条1項)、有印公文書偽造(刑法155条1項)、同行使(刑法158条1項)、贈賄(刑法198条)、あっせん利得処罰法4条違反です。それぞれ法定刑は、10年以下の懲役、1年以上10年以下の懲役、1年以上10年以下の懲役、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金、1年以下の懲役又は250万円以下の罰金です。仮に、詐欺事件のみが起訴されていたとしたら、処断刑は、併合罪となるため、1年以上15年以下の懲役です。これに贈賄がつくと、処断刑の長期に変化はなく、1年以上15年以下の懲役または250万円以下の罰金と、罰金がつくのみとなります。量刑相場は分かりませんが、最近あった名古屋の美宝堂事件では総額7000万円の詐欺で懲役3年の実刑となっています。

・生殺しとしか思えない異様な保釈条件
8月に藤井市長が保釈された時、口裏合わせを防ぐためとして、副市長含む市職員約30名に接触禁止の制限がつけられていました。裁判への出廷を保証する保釈の趣旨からすると、このような制限をつけることは疑問です。口裏合わせ=証拠隠滅の防止というなら、裁判所の職権または検察官の請求で公判前に証言録取することはいくらでも可能だったはずです。実際、弁護団の請求により、公判前の8月25日と9月9日に現金授受の現場とされたガストと山家住吉店の現場検証がされています。そこまで仰々しく口裏合わせを防止したにもかかわらず、公判では市職員への圧力となる具体的なやりとりや市当局内部の意思決定の過程というのはほとんど明らかにされず、ネットで誰でも閲覧可能な議会質問の議事録が圧力の証拠として出てきただけでした。好意的に見て、極めて不誠実な訴訟追行というほかないし、素直に見れば苦し紛れの嫌がらせ、さらに邪推すれば、あえて社会活動に著しい支障が生じるように仕向け、好奇の視線に晒し、本人と周囲に不要、不当な打撃を与えることが目的だったともとれます。地方自治体の首長ということも考えると、市政の停滞、混乱、市民生活上の不利益は重大なものがあります。

・名古屋市議らへの300万円のあっせん収賄の自白
Nは公判廷の供述で、名古屋の市民病院に浄水プラント導入を働きかけるために、名古屋市議の関係者を通じて300万円を渡したと自白しています。はっきりと決裁権のある役人に渡したとまで言っていることから、本来ならこちらが捜査対象になってもおかしくないはずです。他の公務員に職務上の不正をするよう働きかけるあっせん収賄罪の法定刑は刑法197条の4によれば5年以下の懲役です。

・Nに違法な金利の貸し付けがあったこと
Nは水源が資金繰りに窮していた事情として、かつてゴルフ場預託金問題や病院の横領問題で暴力団から金を借り、厳しい取り立てを受けたと述べています。恐喝罪の法定刑は刑法249条1項によれば10年以下の懲役、出資法5条違反は5年以下の懲役又は1000万円以下の罰金です。

・水源の資本金が見せ金であったこと
見せ金は公正証書原本不実記載罪とされますが、刑法157条1項によれば5年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。払込取扱銀行と通謀のある預合いの場合、会社法965条によると5年以下の懲役又は500万円以下の罰金です。

・捜査機関としての公平性、公正性が試される愛知県警、名古屋地検
以上のように、Nは公開の法廷で贈賄と詐欺以外にも、様々な罪を自白し、またN自身も暴力団関係のヤミ金被害に遭ったことを述べています。いずれも看過しがたい犯罪で、取締りを全く怠っていたとしたら信じられないことです。Nを自ら取り調べ、開廷直前や証人尋問当日の午前と午後の休憩の間にも熱心に打ち合わせをしていた関口真美主任検事は、「供述態度は真摯かつ誠実で、供述経過は自然で信用できる」とN証言を評価していることから、公判廷で明らかにされた犯罪の容疑をみすみす見逃すことはないと信じています。

・検察官の起訴独占を補足する制度
検察庁のホームページで「国家社会の治安維持に任ずることを目的とし、検察権の行使に当たって、常に不偏不党・厳正公平を旨とし、また、事件処理の過程において人権を尊重すべきことを基本としています。」と検察の役割を説明しています。刑事訴訟法239条1項によれば、何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができます。刑事訴訟法260・261条で、検察官は告発人にその処分結果と理由を通知することになっています。検察官の起訴独占の例外として、2回目の不起訴処分に対して、検察審査会の審査員11人中8人以上による起訴相当の議決があったときは、強制起訴となります(検察審査会法41条の6)。

・とにかく悪印象を与えようという稚拙な立証
今回の公判では、検察側が異議を連発するという珍しい場面が見られました。意図は不明ですが、真相追究に消極的な感じがしました。弁護側が呼んだ証人に対しては、証言の内容に反論するというより、悪印象を与えようとしていました。現金10万円を封筒に二重に入れたとする再現写真をプロジェクタに示して、わざとNに訂正させて一般の傍聴人に印象づけようという小細工もしていました。再現実験は6月8日警察署内の取調室だとされますが、公判前整理手続にあえて出さなかったという手続き上の問題と、Nの自白開始から相当日にちが経って作成された経緯も不審です。心理学の実験では、架空のイメージを想像させるだけでも、後日の記憶が歪むことがあるというので慎重に取り扱う必要があります(高木光太郎『証言の心理学』中公新書、榎本博明『記憶はウソをつく』祥伝社新書)。伝聞法則を潜脱するような立証活動は許されません。

・論理破綻していた論告
一例を挙げると、各証言の評価が支離滅裂でした。「N証言は、分からないことは分からないと答えるなど自然で信用できる。捜査機関に誘導された結果ではない。」「被告人は、1年前のことなのに、そこまで覚えていないと答えるなど不都合なことから逃げており、信用できない。」「T証言は、1年前のことを明確に否定しており不自然。」「O証言は、悪意があり信用できない。新聞記事に合わせたに違いない。」こうして並べるだけでも全く整合性がないことが自明で、証拠評価の能力に疑問を抱かざるを得ません。到底真実とは言えないひどい歪曲と強引なあてはめに基づく論告を書いた主任検事の関口真美検事、伊藤孝検事、早川充検事、武井聡士検事の4名、また決裁の許可を出した名古屋地検の幹部の能力も疑われます。

・担当検事の法曹としての適格性に疑問を抱く様々な事情
能力面だけでなく、資質、公正性にも疑問符がつきました。人質司法のような人権侵害の捜査だけでなく、刑事訴訟法196条を無視するような関係者の名誉を害する言動が繰り返されました。さらに、名古屋地検からNの弁護人に対して刑事告発の扱いについて事前に伝えられていたなど、裁判の公正を揺るがす疑わしい行為が明らかになりました。もし弁護士が相手方と通じていたとしたら利益相反で懲戒を受ける重大な問題です。法曹としての資質に重大な疑問があります。大阪地検特捜部証拠改竄事件のように検察官適格審査会の審査にかけられてもおかしくない問題です。

・もし検察が控訴したとしたら担当検事も証言台へ
仮に控訴したとしても、控訴審でもやはりN証言の供述経過の信用性が問題とならざるを得ないため、全過程を録音・録画した記録でもない限り、取り調べた警察官、検察官自身を証人尋問することが予想されます。控訴審は高検が担当することになるので、地検の検事を取り調べても、特に支障はないはずです。名古屋地検の担当検事は控訴するかしないかを判断する前に、判決文を隅々までよく読んで見落としがないか確認する必要があるでしょう。

敗訴した名古屋地検に与えられた控訴期限は3月19日です。

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